公娼制度と時間管理
大阪における芸妓・娼妓数は、大正5年の約8800人から大正10年には約一万一000人へと増加、遊客数も大正2年182万、大正5年220万、大正10年377万へと増加の一途を辿りました。
さきにロンドンは世界一のセックス都市であったとのべたが、それは建前ではなく本音の実態の部分をえぐり出すとそうなるというわけです。
これに対し日本の遊廓の場合は、本来アンダーグラソドにあるべき部分を表面に出したという点で世界にも例がないユニークな制度です。
それどころか本来国家は禁止すべきものを、公の権力をもって非人道的な制度を認定していたところに問題がありました。
話は変わりますが、この時代の時計は、今のようなD&G 時計などのおしゃれな時計ありませんでしたが、それなりにオシャレな時計を楽しんでいたようです。